くらた内科クリニック

横浜市 鶴見区 内科 循環器科 呼吸器科 アレルギー科 くらた内科クリニック

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ドクター本多のコラム

コラムNo.15

タイトル: 洋上救急の記(7) 帰還そして完

海上保安庁第二管区巡視艇旗艦『八島』の廊下を歩きながら、また船酔いがまわってきた。もうすっかり揺れも少なくなっているが、まるでPTSDのように少しの揺れでもあの船酔いが再来する。

患者達は、ベッドルームではなく倉庫のような一室に収容され、鉄板床に4人が座らされていた。
さすがに船乗りのプロ達、船酔いには縁がないらしいがこの荒れ海の中こんな部屋にずっといたのだろうか?あれ?3人と聞いていたが?ワンピースを着た20代くらいの女性が横たわった船員に不安そうに寄り添っていた。船に女性?なぜ?

いずれにせよ、全員がトルコ人だそうだ。
言葉を介さずに(英語を話せるのが誰かわからなかったので)早速各人の外傷部をチェックする。
丸首のセーター、Gパンに運動靴という軽装の2人のうち細身の方は腰部打撲(かなり症状は回復していた)、もう1人の巨漢の方は足首外側の骨折だったが、これも皮膚が破けておらず整形外科としては軽傷のうちだった。
最後の1人、彼は一番若かったがパーサーで船員服を着ており、英語を話せるのはやはり彼だった。ワンピースの女性は彼の妻で、上級船員さんにもなると同伴乗船が許されているらしい。(しかも新婚だったようで)
しかし残念なことに彼が一番の重傷者だった。
下腿骨2本を開放骨折(皮膚が破れて骨折部が露出している状態)しており、骨折端は天空を指し変色している。
(これはまずい、全身への悪影響も進んでいるだろう。)
数日間もこのままだったのだから・・・海上保安庁が一次救命船でないことがよくわかる。
パーサーの彼は僕の白衣を見て

「ドクター?」と聞くなり
「カット!ノー!!」と叫んだ。

寄添っていた新妻も同様に叫んだ。
(うーん、ここで全身状態や敗血症の話をしても無駄だろうな・・・後で相談しよう)
と考え、持ってきたシーネ(副木)でとりあえず下腿を固定し甲板に戻った。
(これはICU並みの治療施設でないと危ない!)
そう思った僕は、どこの病院に運ぶのか無線係に尋ねた。当初は都内の救急病院に送ると聞いていたので、そこのドクターに状況を説明しようと思ったのだ。
ここで聞いたのだが、トルコでは義足だと船員を続ける事は出来ないのだそうだ。下腿を切断するということは、免許が剥奪されエリート街道から滑り落ち、即刻路頭に迷うことを意味する。メルビルの小説「白鯨」のエイハブ船長のように義足で甲板に立つことなどできない。彼も新妻も必死な理由が良く分かった、命がけなのだ。

操舵室には無線の声が飛び交っていた。次々と指示が来る。
すると無線士さんが

「横浜の先生の所の部長先生が患者全員を受けて下さるそうです」

と、言うではないか!!
僕は言葉を失った。
いや、うちはそこまでの高度救命医療機関ではない。
(ぶ、部長、どう格好つけても無理なものは無理だ)
しかし僕の心配をよそに、物事は既にその方向で動いていた。

夜明けの薄明りの中で波が収まってくると、俄かにエンジン音が発動し患者達はそれぞれ2台のヘリに分散して運び込まれた。僕も最後に呼ばれ乗り込んだ。
ほとんど前触れもなくヘリは発艦し、朝焼けの空に飛び立った。

すっかり船酔いとオサラバした僕だったが、今にもDICショックを起こしそうなパーサーを、どうやって説得すしようか心を痛め、どうやってICU並みの全身管理をするか、どうしたらトルコ語しか話せない2人と、看護師達をうまくコミュニケートさせられるか、頭を悩ませ混乱を極めていた。

ヘリは低空飛行をしながら全速力で房総半島を東から西に横切った。東京湾をあっと言う間に渡るとすぐに、あの見慣れたベイブリッジが見えた。その上を旋回すると、まだ開発途中のみなと未来地区MM21の保安庁敷地に勢いよく着陸した。
用意された2台の救急車が早速サイレンを鳴らし始め、患者はストレッチャーで速やかに運ばれた。
ちょうど朝の8時。ふと周りを見ると、ヘリの周囲には消防団が隙間もなく円陣隊形をとり、片膝をついて何人か置きに消防ホースをヘリに向けていた。
ものものしさに驚いたが、これが普通のヘリ着陸の消防隊での出迎え方なのだそうだ。
が、その中で一番目立っていたであろう白衣の僕が一番やつれ、ヨロヨロしているのに違いないと、三日間に及んだ、絶食と悶絶の旅を思い苦笑した。
サイレンの音を聴きながら、窓の外の親しんだ街路が後ろに飛び去ってゆくのを眺めていた。
多くのプロ達の活躍を見せつけられた3日間だったが、さあ、これからは僕達の番だ!!

お・わ・り