くらた内科クリニック

横浜市 鶴見区 内科 循環器科 呼吸器科 アレルギー科 くらた内科クリニック

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ドクター本多のコラム

コラムNo.14

タイトル: 洋上救急の記(6) 漆黒の中の一点の星

雲一つない漆黒の夜空に星がわずかに見える。満天の星でないのは大きな満月が行く先にあるからだった。
僕は爆音を響かせて飛行するヘリコプターの後部座席でイヤーマフ(騒音防止兼ヘッドホン)をして、またも、かつて観たことのない風景に見入っていた。
驚くべきことに機体が浮上するとたちまち船酔いは消え、無性に腹が減り、頭脳はさわやかに澄み渡った。初めて乗るヘリに興奮する自分を楽しんでいた。
待ちに待った船酔いとの別れは、瑞穂のキャプテンに会ったあの眩しいキャビン(昼)から、15時間も経った翌日の深夜3時のことだった。あの時キャプテンは「ヘリ発進は5時間後」と言っていたが、その3倍もかかったのは低気圧の中心から抜け出すときの試練で、巨大な向かい風と向かい波を越えて行かねばならないからだと教わった。
(ふーむ、気象学も実体験が伴うと面白い)

瑞穂の後方甲板には2機のヘリが艦載されていた。
1機のヘリの周りが賑わしくなり、プロペラがアイドリングでゆっくり回っていた。

「先生、こっちです。はい、これを身に着けてください」

一応白衣は着ていたが、てきぱきと指示されるヨレヨレの僕であった。

「これは救命胴衣です。海中に落ちたらこの紐をおもいっきり引っ張ってください。浮きます」 

(そうかぁ、落ちることもあるわけだ...)
急かされて後部座席に乗り込むと、4畳半に後ろが伸び天井に頭が付くような狭い空間だった。
(瑞穂とはお別れなんだな)
思い出は吐き気ばかりだが、また会おう『瑞穂』今度は元気な姿で乗りに来るぞ。

深夜3時にも関わらず誰もが生き生きと動いている。この人達には夜がないのだろうか?
ふと、医師になりたての8年間の麻酔科時代を思い出す。
操縦士が次々とチャンネルを変えながら、先方と連絡を取り続けているのがヘッドホンを通じて聞こえてくる。ヘリのエンジン音はどんどん高まり、何の前触れもなくいきなりふわっと浮いた。その後、前方に傾斜すると凄い速度で舞い上がってゆき『瑞穂』が見る見る眼下に小さくなった。
僕は世話係さんにお礼を言う暇も無かった。 
(そうだ遊びではないのだ...)
上空から見た船体は無数の色でライトアップされ、美しく漆黒の世界に光っていた。しかし、
その姿が船である事はあっと言う間に判別できなくなり、大海原の光の藻屑となって消えた。
伴走していると聞いていたが、第二管区の『八島』の姿はどこにもない。
 
爆音の中、闇の海と宇宙の間をひたすらもの凄いスピードで進んでゆく。不気味に揺れる海面が時おり月の光を白波に乗せて、こちらを威嚇しながヘリの速度を教えてくれる。
15分程経っただろうか。遥か彼方の水平線に、イカ釣り漁船でもいるのかと思わせる一点の灯りが見えた。それはどんどん大きくなり、瑞穂のときのように一点が赤や黄、緑と別々に分かれると暗闇の中に1つの船体が堂々と姿を現した。
(あっ、八島だ!瑞穂とそっくりだ!)
(こんな真っ暗な闇の中で、瑞穂から八島までまっすぐ飛べるのか…)
それは飛行機乗りや船乗り達にとっては当たり前の事なのだろうが、やはり尊敬せずにはいられない。
もう一隻の巡視艇『八島』の全貌が見えたのもつかの間、ヘリはにわかに船尾に回り込むと、ホバリングもなしに飛んできた勢いそのままに着艦したのである!手際のよい操縦技術には重ね重ね関心するしかない。
ところが、私ときたら着艦すると同時にまたあの船酔いに襲われた。
改めて、こちらも揺れていることを思い知らされる。

「さあ、先生!出動お願いします!」

再びヨタヨタと降り立つと、敬礼で待っていた八島の隊員さんに導かれ、某トルコ船から収容されている3人の部屋に連れて行かれた。

「あれ?4人じゃなかったでしたっけ?」と聞くと彼は振り返り
「1人は日本人で軽い腹痛だったので、東京の病院へ一足先にヘリで送りました。残る3人はトルコ人で、1人は英語を話せますが、その患者が一番重症なんです!他の2人はトルコ語しか話せません」
 
なんだって?? こりゃ、なかなか大変な事になってきた!と、再び襲われた吐き気の中で思うのだった。

つ・づ・く